スノーボードの話
と言いたいところだけど、
毎回書いているのでたまには別の話を。

言葉のパワーの話。
まあ、参考程度に読んでください^^

俺が信じているこんな言葉に
『天地に風雨あるが如く、
人生また順逆を免れず、
順にして驕らず、
逆にして尚その逆たることを感謝し、
己の生業に精励努力せよ。
必ず天の導きあり、
神の助あり』 というものがあります。

これは宇宙学にある言葉で、
いいときに感謝することはあたり前。
うぬぼれなく、つらいときこそ感謝する。
すると神の助けがあるという意味です

実際に、
+に口と書いて
夢は叶うの『叶』の字になり、
+に思うと書いて
幸せに恵まれるの『恵』の字になり、 
そして、+に辛いと書いて
幸せの『幸』の字になる

とういうことは、 
辛いときでもプラス思考でプラスの言葉を発すれば、
夢が叶い幸せに恵まれるということ!!

プラスの言葉とは…
『ありがとう、うれしい、幸せ、楽しい、好き、ついてる』

実はちょっと前にもそういうことがありました。
最初はそのことに対して、
嫌だとか何故と思ったけど、
よくよく考えてみればそのお陰で大切なことに気付けた
まさしく『ありがとう』でした

投げかけたもの(言葉・行為)は自分に返ってくる。
そんなシンプルな法則の中で人は生きています。

だからこそ笑顔でプラスの言葉を発しなきゃね^^

プラスの言葉を使うと、
自然とプラスの言葉を使いたくなるようなことが起こります♪

そして周りにある沢山の幸せに気付くようになる。
今までであれば当たり前と思っていたようなことにも。

みんなも辛いと思うことがあっても、
それにたいしてプラスの思考を持って、
プラスの言葉を発してみてください。

自分の大切な人に感謝の言葉を伝えてください。

俺もこの考えを忘れず実践できるクセをつけます!
ついつい、マイナスの言葉を発しちゃうからね…。

こうやって自分のブログを読んでくれる人がいることが幸せ。
読んでくれてありがとうございます。

2007.09.11 Tue l 感じたこと・いい言葉 l COM(0) TB(0) l top ▲
最近よく思うことが、
俺は”頭で考えてばかり…もっと心で感じたい”ってこと。

うんうんそうだねって感じだろうけど、

頭で考える
心で感じる

この二つの違いはなにか?
ちょっと自分なりに考えた。

それを簡単に表すと

「物事⇒感情(心で感じる)⇒思考(頭で考える)⇒行動⇒結果」

ではないかと思う。

感情の部分が”したい”、”したくない”、”ほしい”などの心で感じる部分。
思考の部分が自分の経験、情報、周りの環境などに基づいて
”〜だから〜で”みたいに頭で考える部分。

スノーボードを例にとっていうと

「スキー場に行ったらでかいキッカーがあった。
飛びたいな〜上手く飛べたら気持ちよさそう、
でもまくられたりノーズ落ちしたら死ねる!
思い切って飛んだ。
やられた。」

1行目が物事
2行目が感情
3行目が思考
4行目が行動
5行目が結果

ちょっと説明が長くなってしまったけど、
俺は頭でものを考えるタイプ。
多分、感情と思考を割合で表すとかなり思考側に片寄ってると思う。
実際に、すぐに結果にとらわれてしまったり
確率にとらわれてしまったりしてしまうし。

でも物事すべてが結果じゃないし、
結果だけみれば失敗かもしれないけど、
その行動から得れるものってすごく大きいことだってあるのに、
すぐに思考の部分にとらわれて、
そういった大切な部分を忘れてしまっている。
知らず知らずの間に本当の気持ちを飛ばして、
思考に支配され行動してしまっている自分がいる。

思考に片寄りすぎると
可能性を制限するし
自分らしさを失うし
本当の気持ちを抑えこんでしまう。

逆に感情に頼りすぎると
周りがみえなくなったり…と他にも色々あるよね。

俺の場合、いつの間にか自分を大切にするあまり
自分の”心で感じる部分”を押さえ込んできたんだと思う。
いつの間にか自分を大切にすることの意味を勘違いしてたなぁ。

結局のところ何が言いたかったかというと
もっと心で感じるようになれば、
俺はもっとハッピーになれるんじゃないかってこと!!

こんなこと書いてる時点で頭で考えちゃってるんだけど…

2007.08.20 Mon l 感じたこと・いい言葉 l COM(0) TB(0) l top ▲
『朝ちゃんと出勤した。

お昼に広東麺を食べた。

一日仕事した。

雨なのに傘を忘れた。

スノーヴァ溝の口に行った。

みんながいた。

怪我しなかった。

実家に電話した。

アメトーク見た。

一人でお酒を飲んだ。

寝た。

起きた。』



これなんだと思います?

日常生活の出来事を箇条書きしたものに見えると思います。

その通りです。

これは昨日、俺がしたことを箇条書きしたものです。

でもちょっと違います。

何が違うかというと実はひとつひとつが”幸せなこと”なんです。

それらがいつの間にか自分の中で当たり前になっていました。

こうやって新たな一日を迎えることができること。

昨日を振り返ることができること。

それ自体が幸せなこと。

当たり前のように毎日を過ごせることに感謝。

ありがとう^^


本当は

『朝、無事に出勤できました。ありがとう^^

お昼に食べた広東麺がおいしかった。ありがとう^^

一日楽しく仕事できました。ありがとう^^

傘がなくてもそんなに濡れずに帰れました。ありがとう^^

スノーヴァ溝の口に行けました。ありがとう^^

みんなの笑顔に会えました。ありがとう^^

怪我せずに帰れました。ありがとう^^

久々に実家に電話したら、ちゃんと親の声が聞けました。ありがとう^^

アメトーク見れた、おもしろかった。ありがとう^^

一人で飲むお酒もおいしかった。ありがとう^^

すぐに寝付けました。ありがとう^^

また新しい一日を迎えることができました。ありがとう^^』



当たり前になっているものにありがとうの気持ちを。

長くなりましたが最後まで読んでくれてありがとう^^


KGT

2007.06.15 Fri l 感じたこと・いい言葉 l COM(0) TB(0) l top ▲
自分の求めているもの
自分に求められているもの

今の自分
なりたい自分

自分
他の誰か

それらを比べ
自分らしさを見失っていく

自分にしかない
自分らしさをもっと大切にしよう

偽りの自分らしさではなく
本当の自分らしさを育てていこう

KGT

2007.06.14 Thu l 感じたこと・いい言葉 l COM(0) TB(0) l top ▲
昨日、お風呂に入ったときに不細工な虫がいた。

蚊を大きくしたようなあの足が長いやつだ。

そいつはどういったわけか、片方しか羽がなかった。

いつもなら気持ち悪い、流してしまえ!

なんて思ってしまうのだがそうできない理由があった。


そいつは羽がないにもかかわらず、一生懸命飛ぼうとしている。

もしかしたら羽がなくなっていることにさえ気付いていないのかもしれない。

飛べないと気付いたのか、今度は一生懸命歩いて動いている。

こけてもこけても起き上がり、一生懸命死ぬまいと生きようとしている。

いつもなら不快に感じるそいつが昨日は何かを俺に教えてくれている気がした。


よく考えてみれば俺はそいつとは正反対だ。

羽があるのに飛ぼうとしない。

もしかしたら羽があることにさえ気付いていないのかもしれない。

足があるのに歩こうとしない。

足があることには気付いているのに。

それでも歩こうとしない。

その場から動かずとも手の届くものをなんとか掴もうとしてるだけ。

餌が偶然にも目の前に落ちてくるのを待っているだけ。

さらには誰かが与えてくれるのを待っているだけ。

時にはただ叫んでいるだけ。


あいつは教えてくれた。

別に飛び方が不細工だっていいじゃない。

歩き方が不細工だっていいじゃない。

こけてもこけても起き上がればいいじゃない。

その場で自分守るくらいなら

頑張って動いてちょっと痛い思いしたって

自分の羽で足で一生懸命いきようよ。


不細工なあいつはたぶん死んでしまったと思う。

でも大切なことを俺に教えてくれた。

あいつかっこよかったな。

2007.06.01 Fri l 感じたこと・いい言葉 l COM(0) TB(0) l top ▲
不甲斐ない自分に言い聞かせてみました。


やればできる

やろうと思うこと

できると思うこと

あきらめないこと

それに向かってできることをみつけること

そして行動に移すこと

今の自分は残された人生の中で一番若いのだから

今からはじめよう

自分を信じることからはじめよう

自分をしっかりみつめよう

自分のために頑張れるのは自分しかいないのだから


FUNKY MONKEY BABYS
『ちっぽけな勇気』
http://www.dailymotion.com/swf/1xyPQqbJa2K39df2B

2007.05.18 Fri l 感じたこと・いい言葉 l COM(2) TB(0) l top ▲
重い話題で申し訳ないんだけど、悲しい思いをしているので書きます。

最近、子供たちが自殺するニュースをよく耳にします。
そのたびに、心が悲しくなります。
みんなも俺と同じように心が悲しくなると思います。

なぜ、自殺のニュースを聞くと悲しくなるのか?
それはみんなが生きる喜び、楽しみを知っているからだと思います。

生きる喜び、楽しみを知っている人は、
生きる辛さ、苦しさも知っていると思います。

そして生きる喜び、楽しみ、辛さ、苦しさを知っている人は、
いのちの大切さを知っていると思います。

日本では年間3万人以上が自殺で亡くなっているそうです。
1日にすると約100人近くが亡くなっていることになります。

そして自殺未遂者にいたっては年間30万人もいるそうです。
たぶん自殺しようと本気で思っている人は何100万人もいると思います。

これを読んでいる人の中にも過去に自殺を考えた人もいるかもしれない。
正直に言うと、俺もあります。

でも、俺は生きています。
一生懸命生きています。

過去に自殺を考えた人も生きています。
一生懸命生きています。

死ぬことはいつでもできるけど、
死んでしまってたら、やり直すことはできません。

あのとき、死ななくてよかったと思っています。

もし死んでいたら、

今、一緒に喜び、楽しみ、そして時には悲しみ、辛さを共有している
みんなにも出会うことができなかっただろう。

そしてこれから先、出会うであろう人たち、
これから先訪れるであろう、喜び、楽しみ、
そしてこれからの生きる糧になるであろう、悲しみ、辛さ、
を感じることができなかっただろう。

今、生きていてよかったと思います。

そしてこれからも一生懸命生きます。
どんなに辛いことがあろうとも一生懸命生きます。

綺麗事を言っても辛い思いをしている人の気持ちはわからないだろ。とか、
その人の立場になったら、そんなこと言えない。とか、
批判する人もいると思います。

でもいのちは綺麗事では語れないと思うし、
そう批判する人も生きています。

それは上でも書いた通り、生きる素晴らしさ、
いのちの大切さを知っているからだと思います。

あたりまえのことだけど、
子供たちに自殺して欲しくないです。

自殺で亡くなってしまった子供たちにも、
きっと素晴らしい未来があったはずです。

本当にこういったニュースを耳にすることが無くなることを願うし、
そういう環境をつくってあげるのも大人のできることだと思います。

今、大人になって、
「いのちをありがとう」と思える人間に育ててくれた親に感謝しています。

だから俺も「いのちをありがとう」の意味を伝えれる大人になりたいと思う。
少しでも自殺する子供が減ることを願って。


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2006.11.13 Mon l 感じたこと・いい言葉 l COM(2) TB(0) l top ▲
ついこの前、ふとした瞬間に大切なことを思い出したので、
みんなにも違ったアプローチで伝えたいと…思ったわけです。

というわけで、好きな詩を紹介します。
すでに読んだことがある人もいるかもしれませんが…
素直に感じてください^^

アメリカ同時多発テロ事件で1機目が激突後、救助の為、
最初にツインタワー内に突入した数百人のレスキュー隊の内の一人で、
今も行方不明中の消防士(29歳)の方が生前に書いた詩です。

レスキュー隊という職業柄、多くの別れを目の当たりにしたと思う。
だからこそ、この詩には命の大切さや、生きる日々のありがたみが詰まっていると感じています。

みんなの心にはどう響くのだろう…?

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「最後だとわかっていたなら」 ローラ・ホートン

あなたが眠りにつくのを見るのが最後だとわかっていたら
わたしはもっとちゃんとカバーをかけて
神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう

あなたがドアを出て行くのを見るのが最後だとわかっていたら
わたしはあなたを抱きしめてキスをして
そしてまたもう一度呼び寄せて抱きしめただろう

あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが最後だとわかっていたら
わたしはその一部始終をビデオにとって毎日繰り返し見ただろう

確かにいつも明日はやってくる
見過ごしたことも取り返せる
やりまちがえたこともやり直す機会が
いつも与えられている

「あなたを愛している」と言うことは
いつだってできるし
「何か手伝おうか?」と声をかけることも
いつだってできる

でももしそれがわたしの勘違いで
今日で全てが終わるとしたら
わたしは今日
どんなにあなたを愛しているか伝えたい

そして私達は忘れないようにしたい
若い人にも年老いた人にも明日は誰にも
約束されていないのだということを

愛する人を抱きしめるのは
今日が最後になるかもしれないことを
明日が来るのを待っているなら
今日でもいいはず

もし明日がこないとしたら
あなたは今日を後悔するだろうから
微笑みや抱擁やキスをするための 
ほんのちょっとの時間を
どうして惜しんだのかと

忙しさを理由に
その人の最後の願いとなってしまったことを
どうしてしてあげられなかったのかと

だから今日あなたの大切な人たちを
しっかりと抱きしめよう
そしてその人を愛していること
いつでもいつまでも大切な存在だと言うことをそっと伝えよう

「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を伝える時を持とう
そうすればもし明日が来ないとしても
あなたは今日を後悔しないだろうから

(訳:佐川 睦)

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2006.10.10 Tue l 感じたこと・いい言葉 l COM(2) TB(0) l top ▲
I can't accept not trying.という言葉をしっているだろうか?
バスケットボールの神様と言われたマイケル・ジョーダンの有名な言葉。日本語に上手く訳すと『挑戦せずにあきらめることはできない』となるらしい。

ついこの前、悩んでいる友達がいて、このマイケル・ジョーダンの話をした。
彼は以下のように言う。



大事なシュートを失敗しても、僕はその原因を考えたことは一度もない。失敗した原因をあれこれ考えると、必ず否定的な結果を考えるようになってしまうからだ。 多くの人が失敗に対する恐怖心のために、立ちすくんでしまうのは僕も理解できる。人は他人の悪い結果を見たり、失敗する可能性を考えた時、恐怖を感じる。僕はこんな理由で恐怖心を感じたりはしない。

人生で何かを達成したいと思う時は、積極的かつ、攻撃的にならなければならない。目標を決め、それに向かってひたすら努力するだけだ。受身の姿勢では絶対に達成することはできない。人によっては恐怖心がその障害となることも理解できる。しかし恐怖心というのは単なる幻想に過ぎない。

何かに挑戦する時、僕はそれを達成すること以外、何も考えないことにしている。何かを障害として感じたとしても、実際には何もない。ベストを尽くすチャンスと、成功を収められる可能性があるだけだ。

だからこそ、僕はいつでも「積極的に考えろ」とアドバイスする。そして、次のチャンスで失敗を原動力にすればいい。実際、失敗することで目標に近づけることもある。人類の偉大な発明品は、一つの答えを見つける前に、数多くの失敗を繰り返すと言うことだ。

スポーツにおいては、恐怖心は時に、集中力の欠如から生まれる。例えば、フリースローの時、カメラの向こうで多くの人が僕を見ていると考えると、絶対にシュートを成功することはできない。

だから、こんな時自分の中にイメージを描くことにしている。試合でも、何千回と練習してきた方法やテクニックでシュートする。結果は考えない。そうすれば、リラックスしてシュートを放てるからだ。いずれにしても、シュートの後は何もできないのだ。ボールを手から放した後は何も考える必要はない。

ビジネス社会でプレゼンテーションをする場合でも、全く同じことが言える。必要なことを全てやり終えてしまった後は、することは何も残されていない。そのプレゼンテーションをクライアントが気に入ってくれるか、くれないかだけだ。つまり、結果はクライアントが、あるいは購入者が判断するだけだ。

僕は失敗を受け入れることができる。誰にでも失敗することがあるからだ。しかし、僕は挑戦することをあきらめることは、絶対にできない。だからこそ、僕はチャレンジすることにも恐怖を感じたりしない。「成功できないかもしれないから、挑戦することはできない」なんて、絶対に言うことはない。成功できるかどうかなんて、僕にはどうでもいいことだ。情熱の全てを注ぎ、110パーセントの努力をしている限り、結果はどうでもいい。

恐怖心は幻想だ!



結果はどうあれ、常に挑戦すること、努力することが大切だと思う。
俺はすぐに努力することに対して、言い訳をしてしまう…。
ああだからできない、こうだからやらないとか何かと理由をつけてしまう。
それは心の中で、努力しても結果がでないことを恐れているからだと思う。
まずは自分を信じること、挑戦することから始めたい。
自分が自分を信じることによって、周りの人間も自分を信じてくれると思う。
信じること、挑戦することに臆病になってはいけないね^^


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2006.09.09 Sat l 感じたこと・いい言葉 l COM(2) TB(0) l top ▲
誰にだって成功できる

成功は環境や教育とは無関係

『自分には、出来る』 と信じることだ

人の言うことは気にするな

『こうすれば・・・ああ言われるだろう』

こんなくだらない感情のためにどれだけの人が

やりたいことも出来ずに、死んでいくんだろう


「ジョン・レノン」



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2006.09.08 Fri l 感じたこと・いい言葉 l COM(2) TB(0) l top ▲